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チンチ~ン【エッセィ】
071211【想ひ出( ̄。 ̄).o】

昨年、
ちょっとした企画に応募し
入選した作品です



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チンチ~ン




 「わっ!」
一瞬、何にぶつかったのか分からなかった。

 定時に勤めが終わり帰宅途中だった。カーラジオから流れるクリスマスソングが、
「ツリーはいつ引っ張り出そうかな?娘は一緒に飾り付けをしている暇はあるかしら?」と、運転中の雑念を誘う。
 前方に、道の左側を歩いて行く人を認め、少し右へ膨らむよう避けながら進んで行く。
追い越しざまに視野に入ったその歩行者の姿が母に見え、ちょっと驚き、急ブレーキ気味で路肩に停車した。
 ただ、それだけのはずだった。



 目前のグレーの車体、ハンドルをしっかり握りしめている自分の両手と、思いっきり踏ん張っている右脚を自覚して、「ぶつかったんだ。事故なんだ!」と、気がついた。と同時に、「相手はブロック塀の門からバックで出て来た、過失度は向こうの方が高い」とも理解した。
 しかし、雑念たっぷりで運転していたことは自分自身よく分かっている。先方が強く出てきたら言い負かされるかもしれない。憂鬱な気分で車から降りた。

 思いに反して、向かい合った相手は平身低頭で謝り続ける紳士だった。私の車はバンパーに色が移ったくらいの被害で、何も請求する気が無いことを約束してその場を去った。
 時間的ロスは三分も無かったろうが、早く家に辿り着いて、温かいコーヒーカップを両手の平で抱えたかった。

 それにしても、あの時の歩行者はどういうことだったのだろう。母があんな所を歩いているはずなど絶対無いのに…。
再び雑念でいっぱいになりそうな自分にダメ出しをしながら、家まで後二キロの交差点を左折した。

「うそ!」
 目に飛び込んで来た光景は玉突き事故だった。四台の車がジグザグに停車し、そのどれかの運転手らしい人が携帯電話を耳に当てている。近所の住人らしい数人も立ちすくんでいた。救急車も警官も見当たらない。それこそ、起き立ての事故だ。

 これで何もかも分かった。「さっきの接触というアクシデントが無ければ、この玉突き事故の中に自分もいたのかもしれない」
私は脇道に回り込み、切り花を買いに商店街の方へ戻った。そう、父母の位牌を納めたお仏壇用の花を買いにである。

 母は、私が十三歳、中学一年生の冬休み、交通事故で他界した。アルバムを見直さないと顔さえ記憶があやふやなのに「母が守ってくれるから、私は交通事故では死なない!」と、なぜか感じている。
偶然・こじつけ…。この日の出来事を他人に話せば、そう感想を持たれるだろうことも想像がつく。ただ、私の守りたいモノ『私の家族達』は素直に私の話に耳を貸す。

十三歳以降何度か経験した母の加護だが、家族に話すようになったのは、今から約七年前、当時十四歳の息子に
「お母さんは放任主義に変わったの?」
と言われたのがきっかけだった。
母の交通事故死とその後の加護は、裏を返せば私のトラウマだった。
「わが子が十三歳になる年は私の寿命なのではないか?母と同じ道を歩むのではないか?」この思いをずっと引きずっていた。「伝えるべきことは十三歳までに全て教えたい」の一念で子どもを育てていた。
息子が十四歳を向かえた時には「十四歳以降の息子も見ていられるんだ!」とひっそり涙ぐんだ。
ずっと側にいられることが分かり、口やかましく日々を過ごす必要が無くなったのである。放任主義とは違う事を伝えるためにも、話す必要が生まれた。
「ママは十三歳で母親を亡くしているから、もう、貴方との親子関係の方が長いのね。」
と語り始め、思い出話と幾つかの不思議体験を話してあげた。

 拭われたはずのトラウマは、息子より三歳年少の娘が十三歳に近づくにつれ「私は娘なのだから娘の十三歳がその時では?」と、また訪れた。
そして娘が十四歳になると、
「貴女との付き合いの方が長いのね。」
と、息子へ向けた同じ言葉を伝え、そして、女同士の分だけお互いシンパシーを感じあった。
その後も増え続けた不思議体験は、我が家にとって、その日の天気を話題にするくらいの軽いお話となり、私はトラウマから解放された。

 昨年の冬、高熱で寝込んだ私の夢うつつの耳に、仏壇の鐘の音が何度も響いた。「アノ鳴らし方は娘・・・」寝呆けていても分かる。
案の定、娘はアイスクリームを一度お仏壇に置いて、
「お母さんが早く良くなりますように」とチンチン鐘を鳴らしてから私の枕元に届けてくれた。後から知った。
幼いころ、親の真似から始まった子ども達のチンチ~ンは、お供えの意味が分かっているのか、とても怪しい。
娘にとって、チンチ~ンは、どうも物事を好転させる魔法の音色、お願い事をかなえてくれる音色になっているようだ。

大学生の息子が、帰省してくるなり駐車違反の切符を切られたと愚痴をこぼした。
「違反までの面倒は見てもらえないよなぁ、やっぱり!」とつぶやきながら、帰省土産を仏壇に供え、チンチ~ンと鐘を鳴らす。
もし「俺も事故から守って貰える」などと勘違いして、過信して運転しているのなら一言言わなければ、と、気がもめる。

 無宗教の我が家にとって、居間に設置されているお仏壇こそ唯一の神仏の世界と繋がる所だ。敬っていない所、仏様なのに神頼みするところが気にはなるが、現世で逢うことのできなかった祖父母と孫がコミュニケーションできる空間である。

 相変わらず、我が家は毎日毎日鐘が鳴る。
「夢枕には立たなくて良いです。心臓 止まるとまずいっすから!」と、ウエイトオーバーの主人が朝膳を供えながらチンチ~ン。
「就職、内定した!」と、帰省して来た息子がチンチ~ン。
「このチョコ新製品だよ~。」と娘がチンチ~ンと鳴らしてすぐ下げて食べる。
「御蔭さまで皆元気!」と、旬の果物と切り花をお供えしながら私もチンチ~ン。
人に感謝を伝えるのならば「ありがとう」で良いのだろう。だが、亡き母であり父であり、神仏のご加護であり、目に見えない何かに感謝したい時こそ「お陰様で」の方が「陰で支えてくれてありがとう」の気持ちにぴったりな気がする。

そうして感謝しながらも、娘に見習って私もお願い事をする。
「私も、そっちへ行っても家族を守れるようになりたいの。」と。

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